島酒の碑

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「薩州阿久根の商人 丹宗庄右衛門、唐船交易の科により御用」っと江戸の旅籠での一言が八丈島の焼酎の歴史を大きく変える事になる。
一八五三年、庄右衛門は今でいう密輸の罪で遠島、八丈島に流罪となった。
当時の八丈島は塩害や飢饉に襲われる事が多く、米の収穫が少ない。
貴重な米で酒を造る事を禁じられていたところ、庄右衛門が穀類を使わないで酒を造るのはどうか?と提案。役人はそんなことが出来るわけないから好きにしてよいという返事であった。

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