メットウ井戸

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江戸時代以前のもの見えるが、1880年(明治13年)と比較的最近の井戸で、当時の大賀郷村の人達の手によって掘られ、なんでも3700人あまりが動員された記録が残っている。

垂直に筒状の井戸を掘る技術が未発達のころは、周囲を切り開きスリバチ状に掘りるまいまいず井戸というのが各地に作られたが、八丈島のメットウ井戸は大規模なものである。
まいまいず井戸の「まいまい」はカタツムリの事であるが、八丈島における「メットウ」とはギンタカハマという海でとれる大型の巻き貝の八丈方言名。どちらもみかけが螺旋状にぐるぐると回っている。
三原山山系は水を溜める地層で川もあるが、八丈富士側は水が溜まらない地層で、降水は海に流れ出てしまう。その水を海に出る前に溜め込んだのがメットウ井戸である。
当時は村人ばかりでなく、寄港する船にとっても重要な飲料水であり、昭和30年にこの地区に水道が出来るまで生活用水などに使われていた。
昭和55年2月22日 都の文化財に指定。
[map:33/5/49.817,139/46/27.613:MW]

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